<お酒にまつわる遺伝の話>  アルコール体質は血液型のように決まっている!?

<お酒にまつわる遺伝の話>
 アルコール体質は血液型のように決まっている!?
CureApp宋医師が飲酒に関する遺伝の影響と効果的な減酒指導について解説

過度な飲酒は健康被害を招く恐れがあります。2024年2月に厚生労働省より公表された「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」では、遺伝子によって規定されるアルコール分解酵素の働きが個人によって大きく異なるため、飲酒する際はそのことに注意する必要があると述べています※1。また、近年様々な研究により、アルコール依存症の発症にもアルコール分解酵素の働きを決める遺伝子が関与していることが分かっています。
そこで、今回は株式会社CureAppで減酒治療補助アプリの開発を担当する宋医師が飲酒に関する遺伝の影響と効果的な減酒指導について解説致します。

アルコール体質を決める2つの酵素

アルコールに対する体質は主に2つの酵素の働きで決まることがわかっています。1つはエタノールをアセトアルデヒドに分解する「アルコール脱水素酵素(ADH1B)」です。この酵素の働きが弱いとエタノールがなかなか分解されない、すなわち「長く酔える」ことになります。もう1つはアセトアルデヒドを酢酸に分解する「アルデヒド脱水素酵素(ALDH2)」です。アセトアルデヒドは頭痛や吐き気の原因になりますから、この酵素の働きが弱いとアセトアルデヒドがなかなか分解されない、すなわち「気持ち悪い時間が長く」なります。

この酵素の働きの強さは、血液型と同じように両親からそれぞれ1つずつ受け継がれる遺伝子によって決まります。例えば、働きが強い遺伝子を両親から受け継いだ場合はアルコール脱水素酵素(ADH1B)であれば高活性型、アルデヒド脱水素酵素(ALDH2)であれば活性型となり、働きが弱い遺伝子を両親から受け継いだ場合はそれぞれ低活性型、非活性型となります。働きが強い遺伝子と弱い遺伝子を一つずつ受け継いだ場合にはその間の活性を持つことになります(表1参照)。

アルコール依存症のリスクは、この2つの酵素の活性の組み合わせから推定できます。アルコール依存症集団と一般集団のそれぞれの遺伝子型を比較した研究結果によると、アルデヒド脱水素酵素(ALDH2)については、活性型を持つ者の割合がアルコール依存症患者で有意に高いことが分かりました(表2参照)※2またアルコール脱水素酵素(ADH1B)に関しては、低活性型ADH1Bを持つ者は最もアルコール依存症のリスクが高くなります。たくさん飲んでも気持ち悪くならず、気持ち良い状態が長く続く人ほど要注意ということです。

表1.分解酵素のはたらきによるアルコール体質の特徴
表2.アルコール依存症集団と一般集団の遺伝子型の比較


アルコールによるがんの罹患リスクは体質によって異なることが判明

アルコールはさまざまながんを引き起こすことが分かっており、飲酒量が増えるに従いがんの罹患リスクも上がることが様々な研究により示されています。しかし、このがんに対する飲酒の影響も「アルコール脱水素酵素(ADH1B)」「アルデヒド脱水素酵素(ALDH2」の2つの酵素のはたらきにより異なることが分かっています。アルコール依存症患者の日本人男性を追跡調査した研究※3によると「ALDH2」の活性が弱いタイプでは食道がんにおけるリスクが11倍以上にもなります(下図参照)。
ALDH2の働きが弱いタイプの人がアルコールを摂取すると、発がん性物質であるアセトアルデヒドの影響にさらされる時間が長くなり、食道がんや咽頭がんに罹患するリスクがより高くなるためと考えられます。  

体質を知ることで「減酒」に取り組みやすくなる

個人ごとにアルコール分解酵素の働きの強弱を調べ、その情報を元に減酒指導を行うことによって、飲酒量にどのくらい影響があるのかを調べた研究※4があります。過剰なアルコール摂取者(1日の平均純アルコール摂取量*が男性40g以上、女性20g以上)である20歳〜30歳の成人196人を介入群と対照群に分け、介入群には参加者自身のアルコール代謝遺伝子情報を元にした減酒指導を実施。対照群にはアルコールに関する指導パンフレットを渡しました。その後の飲酒量や飲酒習慣のスクリーニングテストの推移を確認した結果、介入群では研究開始3か月後に飲酒量やAUDIT-C(アルコール関連問題の評価に用いられるスクリーニングテストの簡易版)のスコアが対照群と比べて有意に減少しました。6か月後には介入群の飲酒量は、有意差は消失したものの減少し、AUDIT-Cのスコアは有意な減少が続いていました(下図参照)。この研究結果により過剰なアルコール摂取を減らすための対策として、1人1人のアルコール代謝遺伝子情報を含む、個別性を重視した減酒指導が効果的である可能性が示唆されました。
*純アルコール量(g)=飲む量(ml)×アルコール度数×0.8

体質検査の産業保健や医療での活用

アルコールによる影響は体質によって個々に差が大きいことが分かっており、飲酒による健康被害も個人によってリスクが異なることが分かってきました。ご自身の体質を知ることは、「自分はお酒に強いから大丈夫」といった思い込みを防ぎ、健康的な飲酒習慣を身に付けるきっかけにすることができそうです。

朝日新聞社では新入社員研修において、アルコールに関する健康教育を行っており、任意で自分の遺伝子型を知るアルコール代謝遺伝子検査を実施しています※5。社員の健康増進、生産性向上を支える産業保健の場においても、体質検査を用いながら適正飲酒への取り組みをすすめているようです。また、私が診療をしている医療機関でも、希望する患者さん向けにアルコール代謝遺伝子検査を行い、診療に役立てようと準備を進めています。

体質は遺伝によって決まっており、個人が努力で変えられるものではありません。しかしながら、お酒を「飲む」「飲まない」は個人で選択することができます。よりよい未来のために、健康的な選択を後押しする体質検査を活用した適正飲酒への取り組みは、これから益々広がっていくでしょう。

※1:厚生労働省HP 「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/001211974.pdf
※2:Higuchi S, Matsushita S, Murayama M, Takagi S, Hayashida M Alcohol and aldehyde dehydrogenase polymorphisms and the risk for alcoholism Am. J. Psychiatry(1995)1219-1221
※3:Yokoyama A、 Omori T、 Yokoyama T、 Sato Y、 Mizukami T、 Matsushita S、 Higuchi S、 Maruyama K、 Ishii H、 Hibi T. Risk of squamous cell carcinoma of the upper aerodigestive tract in cancer-free alcoholic Japanese men: an endoscopic follow-up study. Cancer Epidemiol Biomarkers Prev. 2006 Nov;15(11):2209-15. doi: 10.1158/1055-9965.EPI-06-0435. PMID: 17119048.
※4:Y Owaki,H Yoshimoto, G Saito, S Dobashi, S Kushio, A nakamura,T Goto, Y Togo,K Mori,H Hokazono,et al. Effectiveness of genetic feedback on alcohol metabolism to reduce alcohol consumption in young adults: an open-label randomized controlled trial. BMC Medicine. 2024.
※5:佐藤成美、酒と人類、Newton別冊、2025年3月15日、128-129頁


<解説>

宋 龍平 
株式会社CureApp / 岡山県精神科医療センター 医師
東京医科歯科大学 精神行動医科学 非常勤講師
京都大学大学院 医学研究科 社会健康医学系専攻 健康増進・行動学分野 研究協力員

長年、アルコール依存症に精神科医として向き合う中で、早期治療普及の重要性を痛感し、CureAppで減酒治療アプリプロジェクトを立ち上げた。最前線の診療現場に立ちながら、研究にも精力的に取り組み、日本アルコール・アディクション医学会を始め、複数の学会で受賞歴がある。 
研究実績はこちら https://researchmap.jp/rso


※取材をご希望の際はCureApp広報までご連絡をお願いいたします。