【医療機関向けNews Release】医療現場で役立つ:アルコール健康障害の新ガイドラインが公開
令和5年度厚生労働省障害者総合福祉推進事業において、アルコール健康障害に関する新たなガイドラインが令和6年3月に公開されました。アルコール健康障害を持つ方には、治療が必要と思われる状況にもかかわらず医療機関につながることができていない、いわゆる治療ギャップが存在することが知られています。新たなガイドラインは、この治療ギャップを埋め、アルコール健康障害の早期発見から治療、回復までの一連の切れ目のない取組を推進するため、医療従事者が知っておくべき内容を網羅した必見の内容となっております。
今回公開されたガイドラインは
「健康診断および保健指導におけるアルコール健康障害への早期介入に関するガイドライン」
「医療機関でのアルコール健康障害への早期介入と専門医療機関との円滑な連携に関するガイドライン」
「地域におけるアルコール関連問題への対応と医療との円滑な連携に関するガイドライン」
の3点です。このようなガイドラインが公開される背景として、現在アルコール健康障害のとらえ方が大きく変化してきていることがあげられます。アルコール依存症に至る前、現時点で身体的、精神的な健康問題が重大でない場合であっても、危険な飲酒を早期に発見し、治療を受けることの重要性に対する認識が広がりつつあります。そこで、今回はCureAppで減酒治療アプリの開発を率いる宋医師が各ガイドラインの概要を解説致します。
<宋医師が解説!>
・健康診断および保健指導におけるアルコール健康障害への早期介入に関するガイドライン
健康診断や保健指導の場において、アルコール健康障害の早期発見、早期介入を推進することを目的としています。このガイドラインでは、スクリーニングと保健指導を行うフロ-チャートを提示しています。フローチャートの概要は以下の通りです。
<減酒指導対象者の抽出>
・特定健康診査(以下、特定健診)の質問票で得られる飲酒頻度と飲酒量を元にして、減酒指導対象者を抽出する。
・多量飲酒該当者の抽出には、健康日本21(3次)およびWHOのガイドラインで規定されている飲酒による生活習慣病等のリスク評価を用いる。
・特定健診の項目より、保健指導判定値および受診勧奨値の該当者を抽出する。
<初回面接>
アセスメント、飲酒習慣の確認および健診結果の説明、過剰飲酒による身体への影響およびリスク説明、飲酒習慣の振り返り、減酒に関わる目標設定、今後の支援スケジュールの確認を行う。
<継続的支援>
目安として1か月後、2か月後に飲酒状況、目標達成状況を確認する。
<実績評価>
3か月を振り返り、飲酒状況、目標達成状況を確認する。状況に応じて継続支援、AUDITを実施、必要な場合専門医療機関への受診勧奨を行う。
【解説】
厚生労働省による標準的な健診・保険指導プログラムでは、生活習慣病のリスクを高める飲酒(一日の平均純アルコール摂取量が男性40g、女性20g以上)に該当する場合は飲酒状況の評価(AUDITという10問のアンケート(1))を行い、その点数に応じて減酒支援・指導を行うことが望ましいとされています(2)。しかしながら、厚生労働省 令和5年度 障害者総合福祉推進事業のなかで実施された健康経営優良企業に選定された会社を対象にした調査では、AUDITの実施率は10.1%、減酒支援・指導の実施率は1.2%に過ぎませんでした。健康診断などでの質問項目に新たな項目を追加するのも簡単ではありません。そこで、このガイドラインでは、AUDITの最初の2項目「あなたはアルコール含有飲料をどのくらいの頻度で飲みますか?」、「飲酒するときには通常どのくらいの量を飲みますか?」のみでのスクリーニングを提案しています。AUDITの最初の2問だけでも十分なスクリーニングが可能とされているからです(3)。飲酒頻度、1回あたりの飲酒量であれば、既存の健診項目に入っているケースも多いでしょう。アルコール健康障害への早期介入の取り組みを促進するために、現実的で実行可能性の高い推奨となっています。
・医療機関でのアルコール健康障害への早期介入と専門医療機関との円滑な連携に関するガイドライン
治療が必要な方が適切な医療に繋がってない状況(治療ギャップ)を改善できるよう、かかりつけ医、内科、救急、一般の精神科医療機関等におけるアルコール健康障害への早期介入と専門医療機関との円滑な連携を推進することを目的としています。
切れ目のない支援のためにWHOはSBIRT(Screening スクリーニング、Brief Intervention 簡易介入、Referral to Treatment 専門医療機関への紹介)を費用対効果の高い対策として各国に推奨しています。本ガイドラインでは、日本で独自に提唱されているSBIRTS(SBIRTにSelf-help group 断酒会などの自助グループを追加)という枠組みに沿った医療機関での取り組みの流れを提示しています。【解説】
内科診療所、病院の内科外来、救急外来、依存症専門ではない一般の精神科医療機関を受診する人は、そうでない人よりも飲酒量が多いことが知られています。肝障害(健康診断でもガンマGTPの値を直前の酒量と関連付けて気にされる方は多いですね。酒量を減らしてから値が改善するまでには数週間はかかるとされていますが…)だけでなく、高血圧症や高尿酸血症、さらに様々ながん、うつ病など、アルコールは多くの身体疾患、精神疾患と関わりますので当然といえば当然かも知れません。ですから、これらの医療機関での取り組みに関するガイドラインが出たことは、今後の我が国のアルコール健康障害低減のために大変重要です。
私が2024年に多くの内科診療所の先生方と共同で実施した研究では、内科診療所を受診する成人患者さんの15%がAUDIT8–14点(危険な飲酒)、7%がAUDIT15点以上(アルコール依存症疑い)でした(4)。一方で、危険な飲酒レベルの方のうち、2割強の方しか過去1年間に周囲(医療関係者を含む)からお酒を減らすように助言されていませんでした。このガイドラインに従って、アルコール問題のスクリーニングがより多くの医療機関で実施されるようになれば、適切な助言を受けられる人の割合はもっと高くなるでしょう。ひいては、様々な疾患の発症、あるいは重症化予防にも繋がるはずです。
また、スクリーニングした後の対応も重要です。依存症対策全国センターのwebサイトでは、医療機関で使える様々な簡易介入ツール、資料が紹介されています(5)。我々も、専門医療機関以外の内科、精神科医療機関での治療を補助するための治療アプリを開発中です。
・地域におけるアルコール関連問題への対応と医療との円滑な連携に関するガイドライン
アルコール関連問題に関わる関係者や関係機関の連携を促進するために活用されることを目的としています。 アルコールは心身への影響のみならず、多くの社会問題(児童虐待の背景、飲酒運転、経済的困難への直面など)との関連が指摘されています。このことから、対応している課題や本人や家族にとっての困りごとの原因や背景に、アルコールが関係している可能性にまず気づくことが重要です。このガイドラインでは、福祉、司法、職域におけるアルコールに関する問題を抱えた事例、具体的な支援・連携内容、問題解決の秘訣、キーポイントを整理して提示しています。
【解説】
様々な薬物(アルコールも薬物です)の中で、最も害が大きいのがアルコールです。特に飲酒者本人に対してだけでなく、周囲への害が非常に大きいのがアルコールによる害の特徴です(6)。家庭、職場も含む社会にアルコールの害は大きく拡がっていくので、診察室の外で問題を早期に発見し、介入していくことが求められます。このガイドラインは内容ももちろん充実していますが、アルコールの害は保健・医療だけの問題ではなく、地域社会全体で取り組んでいかなくてはならないのだ、ということを強調する意味でも画期的です。
広がる減酒治療の取組み
今回新たに公開されたガイドラインにより、従来考えられていたよりもはるかに軽症の方、アルコール依存症が重症化する前に治療に繋げる必要が示唆され、減酒指導が必要な対象者の裾野は広がっていくことが予想されます。アルコール専門医療機関や相談機関が限られている中で、減酒治療を広めていくために、株式会社CureAppにより「減酒治療アプリ」開発も進んでいます。様々な角度からアルコール健康障害を防ぐため、「減酒治療」の取組みは今後一層広がっていくことが期待されます。
ガイドラインのダウンロードはこちら
https://rdcli.md.tsukuba.ac.jp/resource/
引用文献
2. 沖縄協同病院. WHO「AUDIT & BIマニュアル」日本語翻訳版の公開(アルコール関連問題) [Internet]. [cited 2024 May 26]. Available from: https://oki-kyo.jp/about/who_audit_bi/
3. 標準的な健診・保健指導プログラム(令和6年度版) 別添2:保健指導におけるアルコール使用障害スクリーニング [Internet]. 厚生労働省; Available from: https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001081634.pdf
4. So R, Kariyama K, Oyamada S, Matsushita S, Nishimura H, Tezuka Y, et al. Prevalence of hazardous drinking and suspected alcohol dependence in Japanese primary care settings. Gen Hosp Psychiatry [Internet]. 2024 Apr 4; Available from: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0163834324000628
5. 依存症対策全国センター. 介入テキスト・Webアプリケーション等 [Internet]. [cited 2024 May 30]. Available from: https://www.ncasa-japan.jp/docs/intervention
<解説>
宋 龍平
株式会社CureApp / 岡山県精神科医療センター 医師
東京医科歯科大学 精神行動医科学 非常勤講師
京都大学大学院 医学研究科 社会健康医学系専攻 健康増進・行動学分野 研究協力員
長年、アルコール依存症に精神科医として向き合う中で、早期治療普及の重要性を痛感し、CureAppで減酒治療アプリプロジェクトを立ち上げた。最前線の診療現場に立ちながら、研究にも精力的に取り組み、日本アルコール・アディクション医学会を始め、複数の学会で受賞歴がある。
研究実績はこちら https://researchmap.jp/rso。